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昭和30年代前半のカメラには不思議なものが付いている。 丸いアルミ板が裏蓋のド真ん中に取り付けられ、怪しげなイラストとお天気マーク、それに細かい数字が印刷されている。よく見ると、レンズのリングにも見慣れない数字が掘り込まれている。
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カメラという機械は相当マニアックでめんどくさい。 撮影したいものをレンズを通してフィルムに写しこむだけなのだが、そのフィルムが融通が利かないのだ。フィルムに届く光の量が多すぎても少なすぎてもうまく写らない。 そこで「絞り」と「シャッター速度」が登場する。 ・絞り・・・レンズを通る光の量を制限する仕組み。絞りを開ければ光は多く通り、絞れば光は少なくなる ・シャッター速度・・・シャッターが開いている時間。フィルムに光が当たる時間が変わる。 撮影するときは、撮影するものの明るさに応じてこの「絞り」と「シャッター速度」の2つを調整すれば良い。 暗ければ「絞り」を開けて光の量を増やすか、あるいは「シャッター速度」を遅くして光が当たる時間を長くする。 明るすぎたらその逆だ。 たったそれだけのことなんだが、これが普通の人にはなかなかできない。 できない理由は2つ ひとつは、今撮影しようとしているものの明るさがフィルムにとってどれほどの明るさなのか、そんなものが常人に分かるはずもないということ。 もうひとつは、光の明るさなんてものは明るいか暗いかだけのたった1つの量でしかないのに、カメラでは「絞り」と「シャッター速度」の2つを調整しなくてはならないということだ。「絞り」も「シャッター速度」もどちらも決まっていない状況では、普通どうしたらいいかわからない。 ![]() ![]() ![]()
そこに登場したのが「ライトバリューシステム」。 これで誰でも一応は綺麗な写真が取れることができるようになった。特に画期的なのは次のポイントだろう。 ・捉えどころのない「明るさ」を「ライトバリュー」という具体的な値に変換する絵ガイド ・ライトバリューをカメラにセットすればおのずと「絞り」と「シャッター速度」が決まる仕組み ライトバリューはその名のとおり「明るさ」を数値で表したものだ。 露出計があればその指針の読みがライトバリューそのものなんだが、当時の多くのカメラには、高価な露出計の代わりに人間自身が撮影時の天気などから大体のライトバリューを知るためのガイド板が取り付けられた。 もちろん、WIDE-Sの裏蓋にも取り付けられている。 さて、これがWIDE-Sのライトバリューガイド板である。
■ライトバリューを読む ライトバリューを決めるときは、まずは撮影対象をゆったり眺め、そして空を観察する。それだけでほぼ露出が決まってしまう。 例えば今日は「運動会」、天気は「薄曇り」だとしよう。 操作は簡単。内側の円盤を回して「薄曇り」を外側の円盤の「運動会」位置に合わせるだけだ。 そのとき黄色い▲が指している外側の数字がライトバリューである。 ←ここではライトバリューが「14」であることが読み取れる。 ■ライトバリューに味付けする ガイド板をよく見ると、なんだか厳密なことが書いてある。 「5月〜8月(夏)は読み取った値に+1し、11月〜2月(冬)は読み取った値を−1しなさい」という意味らしい。しかも時間帯まで指定されている。 どうやら、このガイド板は春か秋の午前9時から午後5時までが基準のようだ。 季節を読んで味付けする・・・なんとも素敵な写真が撮れそうな気にもなるが、それはまんざら錯覚というわけでもなく、むしろ人の感性による味付けのひとつだったのかもしれない。 ライトバリューは頼りにはなるがひとつの目安でしかない。あくまで人が自分の感性を信じて決めるものだ。 ![]() ![]() ![]()
■ライトバリューをセットする ライトバリューが決まったら、いよいよその値をカメラにセットする。 もう、露出を決める操作は終わっているような気もするが、実はそんな気がするだけでカメラには何もセットされていないのだ。 とはいえ、実際に操作するのは「絞り」と「シャッター」の2つのリングである。WIDW-Sにはライトバリューリングなんてものはない。
絞りリングとシャッターリングの間にある小窓に表示されている数字。これがライトバリューだ。(→LV部分)この数字は、絞りリングを回してもシャッターリングを回しても変化する。この2つのリングを左右に回してライトバリューの数字を選ぶ操作が「ライトバリューをセットする」ことになる。 この例では、先に求めたライトバリュー「14」が表示されるように絞りとシャッターリングを操作している→ すると絞りが「8」、シャッターが「1/250」を指しているが、実はこの組み合わせこそ適正露出になる絞りとシャッターの組み合わせのひとつなのだ。 ・・・たまたまこの組み合わせになってしまったが。 この操作はライトバリューを選ぶ操作でもあるが、同時にライトバリューを「絞り」と「シャッター速度」の2つの値に分解しカメラにセットしてしまう操作でもある。 つまり、このままピントを合わせてシャッターを切れば、それなりに露出が合った美しい写真が撮れてしまう仕組みである。 ![]() ![]() ![]()
■大技=プログラムシフトに挑戦する ところで、ライトバリューをセットしたときに決まる絞りとシャッター速度の組み合わせは、実はひとつではない。 例えば絞りを1段階絞ったら、シャッター速度を1段階長く(遅く)してやることで同じ露出(ライトバリュー)となる。 結果が同じなら何もいじらなくても良いような気がするが、写真に凝る人はこの組み合わせを最大限生かそうとする。
露出を変えずに絞りとシャッター速度の組み合わせを変える技、それが「プログラムシフト」であり、ライトバリューシステムの真の狙いでもあった。その実現方法はカメラによって異なるが、WIDE-Sに組み込まれているライトバリューシステムは比較的シンプルで大胆な方法だろう。WIDE-Sでは絞りとシャッター2つのリングを一緒に掴んで同じ方向に回すことで、同じ露出(ライトバリュー)のままで絞りとシャッター速度の組み合わせが変化する。 上の例は絞り「16」、シャッター速度「1/50」のセッティング。絞り込むことで近くから遠くまで幅広い範囲にピントが合うように撮影できる。 下の例は絞り「5.6」でシャッター速度「1/500」。走る子供がブレて写らないように高速シャッターでピタッと止めたいときのセッティングだ。 時には高速シャッター、時には絞り込んで効果的な写真を狙う。この時代、正しい露出で撮影することだけでも精一杯だったろうにプログラムシフトまで・・・機械が頭脳を持つ以前、機械はもっと人の意思に近かったような気もする。 ![]() ![]() ![]()
ライトバリューシステムでは、絞り値もシャッター速度もリングの回転角度に正比例して変化するように調整されている。この仕組みは現代のカメラでは常識になっているが、それはライトバリューシステムを実現するためにどうしても必要だったからでもある。当時、セイコーやコパルなどのシャッターメーカーはリングの回転角度とシャッター速度を正比例させたシャッターを競って開発し、多くのカメラメーカーがライトバリュー対応カメラを発売していった。 この流れは、メカニズム上はとても地味な変化だが、世界中のカメラを露出制御の原理に基づいた仕組みに進化させたと言う意味では大規模なものだったと言える。ライトバリューシステムの寿命の短さは、次に来る進化「自動露出制御」を自分自身で加速してしまった結果なのかもしれない。 ライトバリューシステムの実現方法は各社様々で決まった方式というものはない。 あるメーカーはライトバリューリングなる第3のリングやダイヤルを組み込み、複雑なギアでライトバリューと絞りとシャッター速度を連動させる凝ったカメラまで出現している。しかしライトバリューにこだわりすぎたカメラの中には問題を複雑化しただけのようなものもあり、一般的にはあまり受け入れられなかったとも言われている。 そんな中でオリンパスがひとつだけこだわり続けたもの、それはライトバリューシステム実現の過程で決められたシャッター速度リングの位置だった。 オリンパスのカメラのシャッター速度リングは、いつの時代のカメラでもレンズ軸を中心に回転する。例えライトバリューが廃止されても、一眼レフ(OMシリーズ)になっても変らない。その実現が難しいペンF(ハーフサイズ一眼レフ)であっても、レンズの隣に同じ軸方向を中心に回転するダイヤルが付けられている。 OMシリーズのとき、シャッター速度リングの位置についてオリンパスは「左手で操作性の良い位置に配置し、右手はシャッターに集中できるよう・・・」などと説明していた。 しかし、一眼レフでライトバリューのようなプログラムシフトを操作性そのもので実感できるカメラは他には存在しない。私の父のような30年代からのオリンパスファンは、OMシリーズのシャッター速度リングを見たとき、その背景にあるメッセージを即座に理解したものである。 |
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